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2008年01月11日[C] 【よくある反論〜沖縄集団自決、「軍の強制」削除について】を斬る
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2007/10/10 01:28
Bよくある反論〜沖縄集団自決、「軍の強制」削除について
> 2006年10月3日沖縄タイムス
> http://www.okinawatimes.co.jp/day/200610 (当然リンク切れ)
またか〜(笑)
> 米公文書に「軍命」慶良間・集団自決/発生直後の住民証言
> 関東学院大、林教授発見
ぶ―――っ! 壮健美茶噴いたァ―――!
引用に事欠いて出してきたのが関東学院大学の林博史教授とは。
サヨクだウヨクだという以前の問題で、学生からネット上でバカにされるほどの無知識人だよ。
思想が右でも左でも構わないが、もうちょっと人選した方がイイと思うよ。
> 沖縄戦時下の慶良間諸島の「集団自決」をめぐり、米軍が上陸直後にまとめた資料に、
> 日本兵が住民に「集団自決」を命令したことを示す記録があることが、二日までにわかった。
だから、いち兵士が「オマエ死ね!」と言ったところで、それは「兵士の個人的な依頼」であって「軍の
命令」じゃないんだってば。
一介の兵士が「個人的に『自決に使用可能な武器』を民間人へ手渡したこと」を以って「軍の関
与」としたいのだろうが、それは違う。
たとえば、私は老健に勤めているので、大人用のオムツを1枚2枚チョロマカスことは容易い。
そのオムツをナンパした女性に穿かせて、「おむちゅプレイ。ハァハァ」をしたら、それは「老健の関
与」か?
たとえば、どこかの警官が官給品の手錠をナンパした女性に嵌めて「プチSMプレイ。ハァハァ」をした
ら、それは「司法の関与」か?
何が何でも旧日本軍を悪者にしたいというスタンスがヒシヒシ伝わってくるんだが。
サヨクブログの著者サマには悪いんだけど、その屁理屈は、余りにも無理ですから。
> 関東学院大学の林博史教授が米国立公文書館で発見した。
> 記録は1945年4月3日付の「慶良間列島作戦告」
>
> (中略)
>
> 報告では、慶良間の住民を男女別に収容し尋問した内容として
> 「3月21日に、日本兵が慶良間の島民に対して山中に隠れ、
> 米軍が上陸してきた時には自決せよと命じたと繰り返し語っている」
> と記述されている。
> また座間味島については歩兵第七七師団「アイスバーグ作戦段階1作戦報告慶良間列島、
> 慶伊瀬島」で、座間味の「集団自決」の生存者に対し、医療スタッフが治療を施していることを
> 記述。
> 「一部の民間人は艦砲射撃や空襲によって傷ついたものだが、治療した負傷者の多くは
> 自ら傷つけたものである。
> 明らかに、民間人達はとらわれないために自決するように指導されていた」
> と記録されている。
アメリカは、沖縄戦で機関銃弾3000万発,銃弾270万発,手榴弾40万発,砲弾6万発,ロケット砲弾2
万発を使って、日本人を軍民合せて19万人も殺しているんだぞ。
そのアメリカが作った資料に書かれている「アメリカにとって都合の良い話」が“真実”であると何故思
う?
息を吐くように嘘を吐くのがシナチョンの専売特許だと考えるなら、それは大間違いだ。
東京裁判とニュルンベルク裁判を見ろ。
戦勝国は平気で嘘を吐く。
> 林教授は、各島の間で
> 「3月下旬の時点において、慶良間では日本兵が自決せよと命じていること、
> 座間味でも島民達が自決するように指導されていたことが
> 保護された島民たちの証言で示されている」と解説する。
>
> (後略)
「日本兵が自決せよと命じている」⇒誰から?⇒兵士個人から
「島民達が自決するように指導されていた」⇒誰から?⇒兵士個人から
そもそも軍命令による自決の強制という嫌疑を掛けられているのは、梅澤 裕氏 陸士52期卒、階級
少佐、海上挺進第一戦隊長(27歳沖縄戦当時)と赤松嘉次氏 陸士53期卒、階級大尉、海上挺進第
三戦隊長(25歳沖縄戦当時)だが、この両名から命令を聞いたと証言する者は居ない。
これは、どういうことなのか?
まともな想像力が働くなら判る話だと思うが。
> 集団自決発生直後に既に自決は軍命であることは証言されていた。
> 戦後何らかの意図をもって「軍による自決強制」を捏造したのではないことを証明する
> 「公式文書」がちゃんと存在するのだ。
いやいやいや。
証明しているのは、「一介の兵士の個人的な判断による自決の教唆(強制ではない)」。 そして書か
れているのは裏付け無き証言の記録。
よくある反論V.
「軍の強制」は補償金欲しさの捏造だ
> 捏造といえば更に、こんな主張も見かけた。
> 補償申請が認定されにくいため、金銭欲しさに軍の命令を捏造したのというのである。
> この集団自決生存者の嘘つき守銭奴扱いには、怒りを覚える。
冷暖房の効く自宅と暖かい食事がアタリマエの現代人には想像する事さえ難しいのかも知れない
が、観光資源以外に際立った産業も資源も無く、米軍の猛攻によって島の形体すら変わり果ててしま
った沖縄は、戦後の復興の波に乗り遅れた。 今日の飯を食って明日を迎えることの困難さは、本土
の住民にも少なからずあったが、生き残った沖縄県民の多くは困窮を極めた。 そんな中での生き残
るために藁にも縋る想いで選んだのが、篤い軍人を犯罪者に仕立て上げて補償を得るという手段であ
った。 そして、それを提案したのが他ならぬ犯罪者役の篤い軍人だったのだ。
沖縄戦の生き残りたちは、決して今の感覚で言う「金欲しさ」に軍の命令を捏造したワケではない。
他に生きる手段が無かったのだ。
「嘘吐き守銭奴」ではない。
止むに止まれぬ理由があって、しかも、被疑者(篤い軍人2名)が了承した上での補償金詐取だ。
飢えた子にご飯も食べさせてやれない状況下で、篤い軍人サマから「俺が犠牲になるからお前たち
は生き延びろ」と言われたら、私ならその好意に縋って生き延びる。 汚名を着せられる軍人サマに心
の中で両手を合わせて、有り難く補償金を頂戴して子供にご飯を食べさせてあげる。
それが人の親が採る行動だ。
サヨクの目にどう映るのかは知らないが、それは決して「嘘つき守銭奴」ではない。
彼らを安易に「嘘吐き守銭奴」扱いするサヨクブログ著者に怒りを覚える。
> 戦前沖縄を差別し、戦後米軍基地の矛盾を沖縄に押しつけてきた本土の人間が
> よくこんなことを言えるものだ。
サヨクブログは、そうやって沖縄と本土の間に亀裂を生じせしめんと画策するが、日本軍が沖縄を見
殺しにしたとか、捨て石にしたとかいう史実はありません。
沖縄軍は果敢ににて良く戦い踏ん張りました。
それに呼応するように本土軍もまた沖縄戦で良く戦ったのです。
特攻隊の多くは沖縄で散りました。
戦艦大和もまた、片道の燃料だけで沖縄に向かい撃沈されました。
沖縄の人たちは、本土の人たちと同じ志で同じ境遇(本土の空襲被害者数は沖縄戦の被害者数を
凌ぐ)に置かれていたのです。
決して沖縄が蔑ろにされたワケではありません。
ただ、沖縄戦の時点で日本軍は疲弊しきっていたのです。
だから沖縄に多量の戦力を送れなかった。
送らなかったのではありません。 送れなかったのです。
> これも根拠がない言いがかりだ。次の資料を参照されたい。
ほうほう。
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